ぼんやり街角に立っていると汚いオヤジから声をかけられる。もうそれは十日間くらい風呂に入ってないんじゃんってくらい汚い顔、ブランド物ってはっきりわかる高そうなスーツがありえないくらい似合ってない。スーツに着られてどーすんだよだいたい女買う金もロクにねーくせに見栄張って五万とか言ってんじゃねーよ。

そんな感じでぞんざいに扱ってはいても、そんなにセックスしたいのか、ただ単に交尾がしたいのか酒臭いオヤジは群がる。最後のほうはもう返事さえもめんどくさくなってそっぽ向いてたら逆ギレされた。「そんなお高く止まれる顔してねーだろ」、そう思ってんならハナから声かけてんじゃねーよ。だけどそんな汚いオヤジたちがあたしたちの社会をうまくうまく回してる。そんなオヤジたちに媚びへつらってあたしは金をむしり取るときがある。世界って本当にどうしようもないくらい救えない。

「おまえなにしてんの」

思えばここお兄ちゃんちの近くだった、遭遇してから思い出すってなに。皐なら会ってもべつにヨユーなのにお兄ちゃんはだめだ、だってお兄ちゃんのそれはやさしさじゃなくて甘さだから。コンビニの喫煙コーナーで煙草吸ってたらまた「なにしてんのって聞いてんでしょ」なんて、聞かなくてもわかんでしょ?まあ、バリバリ制服に煙草なんてヤバいけど、コスプレしてるんですとか言っときゃオッケー。あたしってば親からも学校からも警察から見捨てられてるユートーセイだから。

ここでお兄ちゃんに、援交相手待ってんのなんて言っちゃったらお兄ちゃんどうするのかななんて、お兄ちゃんが抱いてくんないから今度抱きに行っていいなんて、あ、でもお兄ちゃん騎乗位苦手だったっけごめん。でも前者も後者もあながちまちがってはいないんだろうね。ああ汚いのはオヤジじゃなくてあたしなんだって、キレーなお兄ちゃんを見ると再認識。

身体が満たされたら心も満たされるけど、心が満たされても身体は満たされないってすごいストレス。簡単に言えばセックス=ストレス発散運動。セックスしたらさ、もうなにもかもどうでもよくなって、自分を卑下できるじゃん。たぶん世界はとっても汚いけど、汚いことしてるのはあたし。汚してるのはあたし。あーあ、馬鹿みたい。ねーお兄ちゃん、どうやったらお兄ちゃんみたいにキレーで全うに歩めたの?普通はあたしとか皐みたいにねじ曲がってるもんなんだよ。

でも、だからあたしはお兄ちゃんにこんなにも焦がれるんだろうね。ねえお兄ちゃん、これは、恋じゃないよ愛じゃないよ。性欲でも本能でもないよ。これは、ただの執着と憧憬。たとえばお兄ちゃんのすらりと通った首筋とか、お兄ちゃんの無骨だけどやさしい手のひらの形とか、そんなものを思い出しただけで、あたしはイケる気がする。本当にどこまでも安い女、あながちさっき汚いあたしに汚いオヤジが吐き捨てた言葉は間違ってないね。キレーな火に群がる蛾みたいだ。だけど、でもね、お兄ちゃん。でもね、それでもね、こんなあたしだけど、こんなに汚いあたしなんだけど。あたしだって、

「…どーしたの」

生きてるんだよ。

お兄ちゃんの、さっき思い起こした無骨だけどやさしい手のひらが、あたしの髪をすくう。そして、宥めるように頭を撫でて、それでも、どーしたの、以上の言葉をお兄ちゃんはくれない。やさしいから?違うよね、甘いから。お兄ちゃんは、あたしにいつだって甘くて、だからあたしは甘えて甘えて、困らせる。

煙草はいつの間にか短くなっていて、灰を落として足下で踏みにじる。たぶんその煙草の吸い殻がいまのあたしで、履き潰したスニーカーが、きっと。嘲笑しようとがんばったけどやっぱり無理で、でも涙なんてもっと無理で、断続的に痛む下肢だけが、あたしに罪だけを教えた。

「人、殺したんだ」
「うん」
「きっと、産まれても可愛がれないだろうし」
「うん」
「想像できなかったの。だれか、違う人間があたしの中にいて、あたしの全部を奪って育つなんてね」
「うん」
「お兄ちゃんの子だったら、育てれたのかな。あたし」

でもきっとそれも無理。こんな歪んだあたしが、キレーなお兄ちゃんと、なんて。わかってるから汚したくなる。わかってるから。だから。

人を殺したあたしが、自分の生の正当性を叫んでる。生きてることをだれかにかみしめてもらいたくて、汚いオヤジとセックスしようとして。そして、また、あたしは罪を繰り返す。なんて悪循環、堂々巡りならもう飽きちゃったよ。

素敵なオジサマからもらったお金とか、世の掃き溜めからもらったお金も、もう全部なくなったよ、だってお金は消耗品じゃん。上っ面ばっかのやつらに言ってやりたいよ、あたしら女も消耗品なんだ。愛を確かめるはずの行為を、本当ならしあわせになるはずの行為を、あたしは自分の価値を決める道具にしている。一回五万、キス有りゴムなしオッケーそのかわり外出しでアナルは禁止。でも今度からはゴムありにして四万に格下げかななんて考えてるあたしの腐った脳味噌だれか変えてくんないかな。あ、でもお兄ちゃんは駄目、皐ならオッケーだよあいつも大概腐ってる。腐ってる者同士変えても意味ないじゃんってそんなのは価値観の問題だよね。

「煙草もセックスも一緒だよ。カラダん中に煙入れるかセーエキ入れるかの差。どっちにしろ害じゃんねえ」

でもあたしはそれを進んでやってんだ。なんだろうこの矛盾。サイテーなあたしにちょっとでも罪悪感芽生えたら、あたしだってさ、泣いたりもできるのに。

お兄ちゃんが、変わらない甘い表情であたしを見てる。なにも言わないお兄ちゃんにあたしはとことん甘えてる。きっとお兄ちゃんの子でもあたしは平気で捨てちゃうんだ。だって人間が一番この世で汚いって知ってるんだから。ねえ神様って本当にいるのならね。汚いのは本当に人間なの?じゃあなんであたしたちを作ったの。ほら、よくわかんないけどね、ノアの洪水でみーんな死んじゃえばよかったんだね。

知ってる。知ってる。全部あたしはあたしのこと正当化したいだけってこと。汚いサイテーなあたしはあたしを正当化して卑下して周りを見下して、あたしが正しいんだってあたしは間違ってないんだってそう思いたいだけだよ。

ふとお兄ちゃんの後ろから汚いオヤジが歩いてきた。なんだか泣きそうになったけど、漏れたのは逆に嘲笑じみた馬鹿みたいな笑み。

「オヒメサマになりたかったなあ、」

バイバイ、ってお兄ちゃんに言って、あたしはオヤジに向かって歩いていく。引き止めない甘いお兄ちゃんに甘えて、あたしは死にたくないって考えた。


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