結婚式ってこんな泣けるもんだったっけ。

従姉妹に一個上の姉みたいな人がいて、随分とお世話になったからその人の結婚式に出席した。案外従姉妹って位置は複雑なもので、親族の多い人は間に合わないから従姉妹は呼ばない人が多いって聞いていたから、呼ばれないとばかり思っていたけど、ちゃっかり呼ばれてちゃっかりご馳走をたらふく食べた。久々に見る両親は変わってはいなくて、たまには帰ってきなさい、という言葉に曖昧な返答をしておく。約束ができないのが悪いな、と思うけど、一人暮らしのほうが俺には合ってると思う。自堕落な生活をしているわけでもないし、部屋が不潔なわけでもない。飯はテキトーになるけど、まあちゃんと作って食ってるほうだろう。

式場に行けば、既に弟と妹がいて、弟が、「兄さん来たんだ」なんて驚いたように笑った。正装をした弟と妹は初めて見た、弟はまあ細身のタイトなスーツで、おまえやっぱりもうちょっと太ったほうがいいんじゃないって感じ。どんだけ食っても脂肪にならない、なんて以前ぼやいてたけど、それ世の女の子たちを敵に回してるよ、女って怒ったらなにするかわかんないんだぜ、って何の話してんだろう俺。妹は洋装をしていて、白のドレスにキラキラとスパンコールがついてる。黒のショールを肩に巻いて、化粧もいつもよりも薄くて、まあそれはそれはもう別人っていうか。俺はそれくらいの化粧のが好きだな、いつものって睫毛やばいでしょ、羽ばたいてるじゃん。髪もアップにしていて、真っ赤な薔薇の花の髪飾りが添えられていた。かわいいなあ、なんて思っちゃうのは俺がシスコンだからじゃないよね、だって一般的に見てもかわいいんじゃん。ロビーでも多分従姉妹の新郎の友だちっぽいやつらがちらちら妹のこと見てたしさ、親だって何だか妹のことを久々に会った親族に褒められるたびに鼻高々だったし。やっぱり娘って特別なんだなあ。

ロビーでコーヒーを飲んでぼんやりしてたら、目の前の空いたソファーに前触れもなく弟が座った。なにおまえも抜け出しちゃったの、なんて聞かなくてもわかって、弟はアイスティーを注文した。まあもうそろそろ披露宴も終わるしね、抜け出したって平気でしょ。

チャペルで指輪交換なんてあれだけで結構泣けるもんなんだ、出てきたウェディングドレス姿の従姉妹はまるで本当の人形みたいに綺麗だった。早生まれなだけで従姉妹のが一個姉なんだけど、同じ年に生まれた俺としては同い年みたいなもんで、周りもそう思ってるみたい。てか今更に結婚すんの早えな、俺だったらこの年くらいで結婚なんてごめんだけど。晩婚化が進んでる最近なのにね、十代のときからずっと結婚したいって言ってたし、まあ女の子にしてみれば結婚は夢なんだろうな。

なにもしゃべらないまま、アイスティーが運ばれてきた。シロップが一個同じく添えられていたのに、弟があと二個シロップを頼む。

「甘いの好きだったっけ」
「べつに好きじゃないよ」
「じゃあ一個でいいでしょ」
「嫌いでもないから」

よくわからないから、へえ、とだけ言っておく。俺はコーヒーとか紅茶はストレートで飲むほうだ。甘いのが嫌いなんじゃなくって、シロップや砂糖が混ざる瞬間の歪みが好きじゃないってだけ、これって幾らだれかに説明しても納得されたことがないんだけどね。パフェとかお菓子は普通に好きだから価値観ってやつは厄介だ。シロップが二個運ばれてきて、ありがとう、と弟は礼を言う。それをアイスティーに零して混ぜるときに、やっぱり特有の歪みができて眉を寄せた。つーかそれアイスティーなの?もうアイスティーじゃなくって、甘い水じゃないの。「うまい?」って聞いたら「甘い」って返ってきた、そりゃそうだ。

「泣くの必死で我慢してたね」
「え?」
「栞」
「ああ、うん」
「兄さんは?」
「よくわかんね。おまえは?」
「僕もよくわからない」

過去と未来との相関が怖い、だなんて本当に笑うしかない話だった。でもだれだってそうでしょ、なんて言い訳にもなんなくて情けない。だって俺は不確定な未来よりも、形がある過去のほうが大切に愛でやすいんだ。でも、それは俺は、の話だけであって、他人は、──妹は、違うかもしれない。それを失念していた。

従姉妹の姉によく可愛がられていたのは妹だった。親族で一番妹が年下なのもあって、様々な人から可愛がられていたけど、妹が一番よく懐いて心を開いたのは、従姉妹の姉じゃないかと思う。俺たちの家系は何だかみんな堅い人たちの集まりっていうか、古き良き日本の人、みたいな。何だかわかりにくいって?まあ何となくニュアンスで理解してもらいたい。その中で、従姉妹の姉の家族は何ともやわらかくて、フリーダムな人たちだった。話し声は家の中から外まで聞こえるし、夏には子どもの友だちを集めて庭でバーベキューをするし、門限なんかないしバイトも好きにすればだし、酒も飲めば?みたいな。でも煙草は二十歳過ぎてからねってそれが唯一の約束事だったらしい。妹が、逆に約束事だらけのうちよりも従姉妹の姉の家に焦がれるのはあたりまえだったんじゃないか。

だからかもしれない、俺たちよりもずっと妹は従姉妹の姉を祝って感情移入して、だれよりも讃辞していたんだろう。両親や祖父母なんて思いっきり泣いてんだから泣けばいいのに、何だかそんなところばかり意地っ張りだった。泣くまいと唇を噛みしめすぎて、口紅がとれていたけど真っ赤になっていた。それは、妹が泣くのを堪えるときにする仕草で、そんな苦しげな表情に良からぬ感情を抱く俺の空気を読まない欲望をだれか殴ってくれ。

ブーケキャッチに名前を上げられた妹が、戸惑いながら立ちあがるとき、困ったように俺を見た。俺は笑ったけど、本当は頭が痛くて心臓がぐるぐるしていた不愉快だった。何回も妹の位置を確認する従姉妹の姉の姿を見て、明らかに妹に向けて投げられたブーケを見て、それこそどうしていいかわからないというように受け取った妹を見て、司会者に心境を聞かれ「うれしい」と掠れた声が言うのを聞いて、もうどうにもならなくなった。

そうだ、俺はうっかり忘れていた、それだけの話。妹は、いつか結婚する、今日の従姉妹の姉のように、ウェディングドレスに身を包み人形みたいに綺麗に着飾って。他のだれかのものになるのだ。

カラン、とアイスティーの氷が落ちる音がして、弟を見る。きっと俺はいまひどい顔してんだろうな、まあだから式場から出てきたんだけど。「もしも、そんなときが来たらさ、」まるで俺の思考を読んだかのように。おまえはエスパーか、ってこれはもう古いか。

「僕は、憎くて泣くかも」
「……俺は、」

胸がつまる。呼吸が苦しい。目頭が熱くなってこめかみが傷む。これは重症すぎるだろ。

「羨ましくて、泣くかもね」

それでも、妹には今日の従姉妹の姉のように、様々な人にいっぱいいっぱい祝福されてほしいんだって矛盾してる。でも妹だってさ、俺に手放しに祝福されれば、それはそれで複雑なんじゃないの。

「ねえ、兄さん」
「んー?」
「甘い」
「そりゃね」

過去と未来との相関が怖い。どうあっても交わらない未来を見るよりも、俺はいまコンマ一秒の妹のうつくしい姿を焼き付けたいよ。


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